スポーツトレーナーへの道

自分のスポーツ経験からスポーツ選手の苦難に共感したことから、スポーツに携わる事に興味をもった。
体育学科に入学した彼女は、自分の予想とは異なる雰囲気と学問の体系に失望した。
それでも彼女は学校に通い続ける事ができたのは、その年の88ソウルオリンピックがあったからである。
2年生になってスポーツ心理学という科目を最初に聞いた彼女は 何かに憑かれたような感じがする程の強力な印象を受けた。
スポーツは科学であり、スポーツ心理学も応用科学であるという事実が、彼女に新鮮な衝撃で近づいてきたのだった。

さらに、スポーツ心理学が体系的に理論化されている教授の説名を聞いて、彼女はますます興味が深まった。
その時から彼女は学校に行ってて先生に会うことも、図書館に行って本を探して読む程興味をもった。

「当時はスポーツ心理カウンセラー(メンタルトレーナー)という言葉すらなかった。
私の同僚の現場で選手生活をする友達が何人かいたが、その選手が私と話をすると心が楽になるという話をしてくれた。
私も選手たちに、私は本気で話をするため、本音を話すことになると前置きする。 "
大学院に入ってスポーツ心理カウンセリングという分野を知った彼女は、教授様に付きまとってスポーツ心理学がどの程度理論的に確立されているかどうか、
誰が確立した、誰が反論したのかを伺いながら教授に質問している学生だった。
学問自体がとても面白くて、一つ一つに基づいていて心理学の授業と教育の授業も一緒に聞いた。

本格的に勉強するならと、教授から留学をお勧められました。
米国では、古くからのスポーツメンタルトレーナーがあった 教授の言葉に、広い世界に行って学んでみたいという思いがしました。
大学2年生の時から「昼はリスニング中心、夜には、読み取り中心の英語を勉強して留学準備をしました。
姉が同じ学校心理学に通っていて、多くの助けを受けました。
聴講科目をお勧めしてくれたのも、同じ授業を聞いて意見を交わしながら考えを育ててくれたのも姉でした。

姉はニューヨークで、彼女はボストンで勉強したが、指導教授の配慮で姉の学校の授業を聴講したり姉と一緒に学会やセミナーに参加出席しながら
学問的な悩みも一緒に分けることができた。
彼女は、現在臨床心理相談をしている。姉と異なる部分もありますが悩みや理論を共有しながら、それぞれの分野に適用して発展させようと 努力している。

「専門家として選手たちの話を聞いて、それに合ったアドバイスをして競技力が向上されるように助けることなので、
選手たちが楽しく幸せになるように助けることができるメンタルトレーナー(スポーツ心理カウウセラー)の仕事はやりがいがあります。」

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